今週末は、息子と妻が住んでいる東京に行ってきました。私の息子は、東京で生まれ、その後アメリカ(メリーランド州)で9歳まで育ち、日本に帰ってきました。その後秋田に2年半程度暮らして、この8月に妻と東京に戻りました。私は、悲しいかな現在は、逆単身赴任の身となりました。秋田に息子が暮らした当時は、息子は私の教室の近所の小学校へ通っており、その同級生も何人か教室へ来ていたので、正直なかなか息子の事を話すことができませんでした。それはなぜなのかは、想像にお任せします。でも今は、彼の事についても話す事ができるのではないかと思い、少しブログに書いてみようと思います。息子は日本に戻ってきて、2年10ヶ月程に成りますが、今日まで、日本で教育を受けてきた期間が、アメリカの州立幼稚園、小学校で英語で教育を受けてきた期間よりも短く、正直日本語が不安定です。私にはよくわかります。私がアメリカで母国語ではない英語で仕事をし、生活してきた状況を思い浮かべると簡単に想像がつきます。不思議に思うかもしれませんが、異なる言語を2言語話すとしても、当然強い言語と弱い言語があるのです。バイリンガルの定義ははっきりわかりませんが、人間が2つの言語を『完璧』に操るのはほとんど無理なように思います。アメリカにいた当時、ワシントン日本語補習校で出会ったお子さんで、アメリカで長く暮らしている方(日本人とアメリカ人の両親)の子どもさんや、日本の会社の駐在員としてアメリカに暮らしている方(日本人が両親)のお子さん達に沢山会いましたが、やはり、どちらかの言語(特に書く事)が強い、弱いは有る様でした。私の息子は、読み書きができる前にアメリカに行きましたので、英語が主言語になってしまいました。現在も日本語の漢字は覚えがよくありませんし、日本語の話し方やセンスは、日本語ネイティブとは違います。恐らく子ども同士でもコミニュケーションを取る際に、私の息子はどっかピントがづれたり、遅れたりしていることは想像できます。当時本人は、日本に戻ってくることをいやがっていました。帰国後、徐々に日本語の学習に慣れて、学校にも適応してきましたが、まだ自分の考えている事を、的確に話したり、書いたりする事では同じ学年の子供たちのレベルには追いついてはいないと思います。これから日本で暮らしていく事を前提に教育を考えるのか、いづれ私の様にアメリカで生活すること前提に教育するのか、まだ方向性が出ていません。来年は中学生ですから、少し方向性を見いだす事を考えなければと感じています。
ところで昨日、私が秋田に戻る前にハーバード大学のマイケル サンデイル教授(政治哲学)の東京大学での出張授業をビデオクリップで一緒に観ました。息子はアニメやその他やわらか系の番組以外の内容には関心がない方ですが、私から無理矢理観てみようと誘いました。実は、数ヶ月前にこの教授の授業で、ハーバード大学での実際の講義ビデオも観ていたので、息子は「またかよ!』という反応を示し、本当に付き合いで観てみることにしたのです。つまらなさそうに観ていた中で、あれ?と思う事がありました。サインデイル教授が学生の質問に対して答える場面で、「通訳の機械がうまく動かないので、もう一度(学生に)言ってくれないか?」と聞き返した場面です。私よりも早くそのサンデイル教授のコメントを聞き取り、笑ったのです。私は、少し遅れて笑ったのですが、多分これが、ある言語の強い、弱いを示す象徴的な一例です。難しい内容ではないけれど、日常的な会話、特に短いフレーズやセンテンス(特にジョーク)を瞬間に聞き取れるかどうかがそのポイントです。私が大学を卒業してからがんばった今日までの約20年のリスニングトレーニングも、あっという間にそのレベルを越えてしまっていたのです。
『完璧』なバイリンガルはありえないと言いましたが、できるだけ自分の意志をスムーズに、的確に『話す、書く』で伝えることができるように、がんばって日本語も英語も努力して上達させていってほしいと願っています。
